青森地方裁判所 昭和52年(ワ)221号 判決 1978年6月09日
原告
佐藤茂美
被告
小原勇三
ほか二名
主文
一 被告三名は、原告に対し、連帯して金八五、五〇七円および右金員に対する昭和四九年七月一九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その一を被告三名の連帯負担とする。
四 この判決は、原告が金三〇、〇〇〇円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告三名は、原告に対し、連帯して金一、〇七八、三五八円および右金員に対する昭和四九年七月一九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え、
二 訴訟費用は被告三名の負担とする、
との判決ならびに仮執行の宣言
(被告三名)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする、
との判決
第二当事者の主張
(請求原因)
一 原告は、昭和四七年八月三一日午前八時三五分ころ、訴外光ハイヤー株式会社(訴外会社という)保有のタクシー(青五い二一五三)を運転し、青森市中央一丁目青森市役所前国道を堤町方面から柳町方面に向け進行中、被告大平健吉(以下被告大平という)運転の大型貨物自動車(青一く四〇三二。以下加害車両という。)に追突された。
二(1) 右事故の直前、原告は前方の市営バスが右に進路変更したので、原告もそれに従い右にウインカーをあげて進路変更し停止したところ、原告と同一方向に進行していた加害車両が原告車両の後部右側角に追突してきたものである。右事故態様からすると、被告大平は運転者として必要な前方への注意義務を怠り漫然と運転していたものといえるから過失があり、民法七〇九条により原告の損害を賠償する義務がある。
(2) 被告小原勇三(以下、被告小原という)および同中長運送株式会社(以下被告会社という)は加害車両の保有者であつて、本件事故の際加害車両を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保険法三条により原告の損害を賠償する義務がある。
三 原告は本件事故により外傷性頸部症候群の傷害を受け、事故当日から昭和四八年三月三一日まで入院し、一応治癒したかにみえたので退院して治療を打切つた。しかるに、同年五月八日ころ、項頸部痛、頭痛、目まい、背部痛等の症状を呈したので、原告は同月一〇日近藤病院で診察を受けたところ、本件事故による外傷性頸部症候群と診断され同日から昭和四九年一月二一日まで右病院に通院した。また、目まいも著しかつたので、原告は久保本眼科医院で診察を受けたところ、本件事故の鞭打症による眼精疲労、偽緑内障、両眼視力低下等と診断された。原告は現在なお時々頭痛や目まい等の症状が現われるので、そのときは丹代外科医院に通院している状態である。
右後遺症について、原告は自動車損害賠償保障法上の一四級九号の認定を受けた。原告は現在数時間継続して自動車を運転すると、頸部頭部背部等に痛みが発生するためタクシーの運転業務に従事することができない。
四 原告は前項の後遺症により次の如き損害を蒙つた。
(一) 休業損害 三八六、三五八円
原告は右後遺症のため昭和四八年五月一〇日から昭和四九年一月三一日まで休業した。
(1) 右期間のうち昭和四八年一一月九日までの六カ月間については、社会保険から傷病手当金として、同保険標準報酬表による日額二、〇〇〇円の六割で支給を受けた。原告の本件事故前三カ月間の給料日額は二、〇〇〇円を超えるが、一応右報酬表日額を基準にすれば、日額二、〇〇〇円の四割の六カ月間分(一八四日)一四七、二〇〇円は原告の休業損害である。
(2) 昭和四八年一一月一〇日から昭和四九年一月三一日までの八三日間、原告は何らの支給も受けなかつたから、右報酬表日額二、〇〇〇円の八三日分一六六、〇〇〇円は原告の休業損害である。
(3) 原告は本件事故当時訴外会社に運転手として勤務していたが、訴外会社とその従業員間に、昭和四八年度賞与につき夏期および冬期いずれも休業しない限り最低五〇、〇〇〇円支給する旨の協定が存在していた。原告は本件事故で前記のような後遺症にあわなければ休業することなく勤務しえたので、少くも一年間合計一〇〇、〇〇〇円の賞与を受給できた筈であるのに、右休業(二六七日間)によりこれが得られなかつた。故に、次の算式による七三、一五八円は原告の休業損害である。
(100,000÷365)×267=73,158
(二) 逸失利益 八二、〇〇〇円
原告の後遺症は一四級で、その労働能力喪失率は一〇〇分の五である。一方、原告の一年間の総所得額は、前記標準報酬日額二、〇〇〇円を基準として算出される七二〇、〇〇〇円と前記賞与金一〇〇、〇〇〇円の合計八二〇、〇〇〇円である。従つて、原告の前記後遺症による二年間の逸失利益は八二、〇〇〇円となる。
(三) 慰藉料 八〇〇、〇〇〇円
原告は前記後遺症のため、昭和四八年五月一〇日から昭和四九年一月三一日まで二六七日間(実日数一五三日)通院を余儀なくされ、現在なお頭痛や目まいが起きると通院している状態であり、後遺症一四級九号の認定も受けている。これらの事実を勘案すると原告の精神的肉体的苦痛は甚大であるので、その慰藉料は八〇〇、〇〇〇円が相当である。
五 前項(一)ないし(三)の損害額の合計は一、二六八、三五八円になるが、原告は後遺症保険金として一九〇、〇〇〇円の支給を受けているので、これを控除すると原告の損害は一、〇七八、三五八円となる。
よつて、被告三名は、原告に対し、連帯して金一、〇七八、三五八円および右金員に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日たる昭和四九年七月一九日以降完済まで民法所定年五分の割合による金員を支払う義務がある。
(請求原因に対する被告三名の答弁)
第一項は認める。
第二項(1)のうち被告大平の過失は否認する。本件事故は、ラツシユアワー時で多数の車両が前後左右に近接し所謂ひしめき合つて走行している状況下において、原告が後方の安全を確認せずに突然被告大平の車両の直前へ進路変更してきたため発生したものであつて、専ら原告の過失によるものである。仮に被告大平に幾莫かの過失があつたとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。
同項(2)のうち、被告小原および被告会社が被告大平運転車両の保有者であり、運行供用者であつたことは認める。
第三項のうち原告が後遺症一四級の認定を受けたこと自体は認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、本件事故は追突とはいうものの、原告車両の尾灯ガラスが壊れたにすぎない極めて軽微な接触事故であつて、原告車両には人体に影響を及ぼす程の衝激が加えられたわけではない。従つて、原告主張の症状が生じる筈はなく詐病と思われる。仮に生じたことが事実としても本件事故との間に因果関係はない。
第四項(一)ないし(三)はいずれも争う。
第五項のうち、原告が後遺症保険金一九〇、〇〇〇円を取得したことは争わないが、その余の主張は争う。
(被告三名の抗弁)
一 被告大平は、昭和四八年四月一三日、加害者側を代表し原告の代理人たる訴外会社事故係との間で、加害者側が一、九六四、七八二円を支払うこと、これにより原告は将来(後遺症が発生した場合も含む)加害者側に対しては裁判上裁判外を問わず一切請求しないこと等を内容とする示談契約を結び、これに基づき被告小原が同月一五、六日ころ右示談金全額を原告のため代理受領権限のある訴外会社の銀行口座に振込送金して支払い、原告は右事故係からこれを受取つた。
二 仮に、訴外会社事故係が無権限で示談したとしても、事故係は示談契約締結後直ちに原告に対し示談成立の事実を告げたが、原告は被告らに対し一言も苦情を申し入れて来たことはなかつた。しかも原告は前項のとおり示談金を異議なく受領している。従つて、事故係の無権代理行為は追認されたものと言うべきである。
(被告会社の抗弁)
本件事故発生は昭和四七年八月三一日であるから、被告会社に対する損害賠償請求権は昭和五〇年九月一日時効により消滅した。また、原告が後遺症の発生を知つたのは昭和四八年五月八日ごろであるから、これについても被告会社に対する損害賠償請求権は昭和五一年五月九日ごろ時効により消滅した。
(抗弁に対する原告の答弁)
被告三名の抗弁第一項、第二項および被告会社の抗弁はいずれも否認する。原告は訴外会社の事故係に被告らとの示談交渉の権限を与えたことはない。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
成立に争いがない甲第一〇号証、乙第四号証の一、二、原告(ただし後記措信しない部分を除く)および被告大平健吉各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は片側四車線(尤も、歩道に接した最左端の車線は他の三車線のおよそ半分程度の幅員しかなく、いわば三車線半の状態にある)の国道上で、事故当時はラツシユ時に当り通行車両は混んでいたこと、被告大平健吉運転の大型貨物自動車はセンターラインから数えて第二車線を時速約四〇キロメートルで進行し、第三車線を走行中の原告車両(タクシー)に右斜後方から接近しつつあつたこと、原告は前方車道左端(第三車線と第四車線をまたぐ状態)に三台のバスが連つて一時停止しているのを認め減速してやや右へ寄つたが、そのうち真中のバスが発進し右へ移動して第三車線を進行し始めたため、さらに右へ進路変更し第二車線内へ進入したこと、被告大平は原告車両が約四メートル前方から比較的低速で自車々線上へ突然進入してきたので、急拠右ヘハンドルを切り第一車線へ避譲しようとしたが間に合わず、第二車線中央付近で原告車両の後部右側尾灯付近に自車左前部を追突させ、その衝撃により原告が後記のとおり負傷したこと、以上の事実が認められる。原告本人尋問の結末のうち、右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
右事実によれば、被告大平は、原告車両がバスとの接触等を避けるため右へ寄つて来ていたのであるから、さらに自車々線へ割込んでくることのありうることを察知しその動静に注意を払うと共に適宜減速又は徐行する等してそれに対応すべきであつたのに、慢然前記速度のまま進行したため本件事故の発生を防止し得なかつたものと認められるから、同被告に過失があつたことは否定し得ない。
二 被告小原勇三および同中長運送株式会社(以下被告会社という)がともに、被告大平が運転していた車両の保有者であり、本件事故の際これを自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがない。したがつて、右被告両名が自動車損害賠償法三条により、原告が本件事故により蒙つた損害を賠償する義務がある。
また、被告大平健吉は前項で認定したとおり原告に対する直接の不法行為者であるから、民法七〇九条により、同じく損害賠償の義務がある。
三 成立に争いがない中第二ないし五号証に原告本人尋問の結果によれば、請求原因第三項の事実が認められる。被告三名は原告主張の負傷(外傷性頸部症候群)の事実およびその後遺症は詐病である旨主張し、前掲中第一〇号証、乙第四号証の一、二、被告小原勇三本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第二号証に、被告大平健吉、同小原勇三各本人尋問の結果によれば、原告車両は本件事故で後部右側の尾灯を破損したに止まり、他方被告大平車両は殆んど破損しなかつたことが認められるので、追突時の衝撃は比較的軽微であつたことが推認されるか、右事実をもつてしても前記認定を覆すに足りず、他に原告の詐病を窺わしめる証拠はない。
四 原告の損害
(一) 休業損害 三八六、三五八円
成立に争いがない中第六号証、甲第七号証の一、二、甲第九号証、その記載自体および弁論の全趣旨により真正に成立したものと推認される甲第八号証、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、請求原因第四項(一)冒頭の事実および同項(一)の(1)ないし(3)の事実が認められる。
(二) 逸失利益 八二、〇〇〇円
前掲中第二号証、甲第五号証に原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は外傷性頸部症候群の診断を受け、その診療のため昭和四九年一月三一日まで青森市松原三丁目所在の近藤病院に通院したが、項頸部痛、頭痛、背部痛は消失せず、天候の変化や長時間同一姿勢を維持した場合に右症状が増悪するのでタクシー乗務に耐えられず、本件事故当時勤務していた光ハイヤー株式会社を退職し、現在小さな食料品店を営業していること、昭和四九年二月ごろ、原告は自動車損害賠償保障法施行令別表第一四級九号の後遺症を認定されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、原告は本件事故により少くも五パーセント以上の労働能力を喪失したものと認むべく、これに前記認定の原告の本件事故直前における年間収入八二〇、〇〇〇円を基礎として二年間の逸失利益を計算すると、八二、〇〇〇円となる。
(三) 慰藉料 四五〇、〇〇〇円
原告に前記認定の後遺症が存在すること、前掲中第二号証、甲第四号証によれば、原告は昭和四八年五月一〇日から昭和四九年一月三一日までの間実日数一五三日近藤病院に通院して治療に専念せざるをえず、その後も症状が増悪するときには通院して治療を受けねばならない状態にあると認められること、その他本件証拠に表われた一切の事情を考慮すると、原告の蒙つた精神的苦痛のうち昭和四八年五月一〇日以降の分を慰藉するには四五〇、〇〇〇円の支払を以てするのを相当と認める。
五 被告三名は、原告と被告大平健吉間において示談契約が成立し、被告らは右契約どおり原告に金員を支払つたから、一切が解決ずみである旨抗弁するので判断するに、証人石沢与一郎の証言(第一、二回)により真正に成立したと認められる乙第一号証、同証人の証言(同)および被告小原勇三本人尋問の結果によれば、昭和四八年四月一三日、原告の代理人石沢与一郎と被告小原勇三(同被告は被告大平健吉の代理人でもあつた)間において、本件事故に関し示談契約が結ばれ、右被告両名が原告に対し、治療費、休業補償、慰藉料および入院雑費の名目で合計一、九六四、七八二円を支払うべきことを定め、その後右被告両名は任意保険金として東京海上火災保険株式会社から受領した右と同額の金員を石沢与一郎を通じて原告に支払つたこと。右示談書には、原告に後日後遺症が発生した場合のことを一応想定した一項を書き加え、その場合原告が自賠責保険の請求手続をとるべきことを定めたが、これは右保険金の受給を容易ならしめることのみを目的としたもので、右被告両名に対する請求権を原告が放棄する趣旨を含むものではなかつたことが認められる(右認定に反する証人滝本幸太郎の証言、原告本人尋問の結果は措信しない。)。したがつて、その後発生した後遺症状により原告が受けた損害の賠償を求める本件請求には右示談契約の存在は何ら影響を及ぼすものでない。したがつて、右抗弁は採用できない。
六 被告会社は、原告の被告会社に対する損害賠償請求権は民法七二四条による三年の時効期間の経過によりすでに消滅した旨抗弁するが、右法条によれば、右時効期間の起算は被害者又はその法定代理人が損害の発生及び加害者を知つたときから行うべきものとされているところ、原告が被告大平健吉運転車両の運行供用者が被告会社であること知つたのか、本件の訴提起よりも少くも三年以上刑であることについて何ら立証がないから、右抗弁は採用できない。
七 次に過失相殺の主張について判断する。道路交通法によれば、車両はみだりにその進路を変更してはならず、また、変更しようとする進路上に後方から進行してくる他の車両があり、その車両の速度又は方向を急に変更させざるを得なくなるような場合には、車両はその進路を変更してはならない(二六条の二、一項、二項)とされている。本件においては、市街地の幹線道路でしかも朝のラツシユ時に当る交通量の多い時であつたから、原告も当然他車線に通行車両の存在を予測しえたというべく、したがつて、右法規は一層厳守されねばならない状況にあつたことは明らかである。しかるに、前記認定事実によれば、原告は被告大平健吉運転車両が僅か約四メートル後方に進行しているその車線内に進入したものであつて、この原告の割込み行為が本件の追突事故の重大な一原因をなしたものと認められるから、原告にも過失があつたものというべく、その過失の程度は右被告の行為が本件事故発生に与えた原因力の程度と比較考察すると、全体の七割に当るものと解するのが相当である。
八 前記第四項によれば、原告が本件事故による受傷の後遺症のため蒙つた損害は合計九一八、三五八円になるところ、原告にも前項認定の過失があつたから、右損害につき七割を過失相殺すると二七五、五〇七円(円未満切捨て)となり、これからさらに原告が受領した後遺症自賠責保険金一九〇、〇〇〇円を控除すると、結局被告三名が原告に賠償すべき額は八五、五〇七円である。
以上により、原告の本訴請求のうち、被告三名に対し、連帯して金八五、五〇七円およびこれに対する本件事故発生の日以後であることの明らかな昭和四九年七月一九日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容するが、右金員を超える部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中宏)